三大介助(入浴・排泄・食事)のやりがいと理想とリアル。
介護の資格を取る過程で、入浴・排泄・食事の「三大介助」については、必ず教科書で「正しいやり方」を習います。相手のペースに寄り添って、尊厳を守って、時間をかけて丁寧に——理屈としては、その通りだと思います。
でも、現場に出るとすぐに気づきます。教科書の理想と、現場のリアルには、けっこうな差があるということに。
入浴介助:一番バタバタする、この一言に尽きる
三大介助の中で、一番バタバタすると感じていたのが入浴介助です。
人数が多いと、本当にわけがわからなくなります。褥瘡や怪我の処置がある方には看護師さんの対応が必要ですし、2人がかりで対応しなければいけない方もいる。歩いて入る方もいれば、ストレッチャーに寝たまま専用の装置で入浴する機械浴の方もいる。一人ひとり状態が違うので、そのひとに合わせた入浴方法を行わなければなりません。
介護には自立支援という考え方が根底にあって、服の着脱や歩行など、自分でできることはご本人にやっていただくのが本来のやり方です。でも、正直に言うと、後ろから「早く」と煽られるような状況になると、結局職員が着脱まで手伝ってしまうことがあります。理想は分かっているんです。でも、時間と人手の制約の中で、理想通りにいかない場面が現実には出てきます。
地味にストレスが溜まるのが、使い捨て手袋の着脱です。忙しい時に限ってつけづらいし、力任せに引っ張ると破れる。感染症対策として必要なのは分かっていても、あれは地味に消耗します。
誘導や移乗のときも気は抜けません。狭い場所を通る時に手を挟んだり、車椅子のフットレストに足が乗っていない状態で引っかかって、骨折や裂傷につながることもある。理想と時間のせめぎ合いの中で、常に安全確認だけは緩められない、というのが実情です。
ちなみに私がいたデイサービスでは、午前中で入浴介助を終わらせないといけない決まりがあったので人数にもよりますが、特養などの入所施設よりさらにバタバタしていました。
排泄介助:「いなくていいから」に、こめられた本音
前回の記事でも書きましたが、排泄は人間にとって一番見られたくない行為だと思います。本来なら、誰にも見られない場所で済ませるのが当たり前ですよね。でも介護の現場では、排泄量をチェックしなければいけない。ここに、理想と現実の根本的なズレがあります。
理想を言えば、誰にも見られない場所で用を足せて、しかも排泄量は自動でチェックできる——そんな仕組みがあればいいのかもしれません。でも、それができないからこそ介助という形で人の手が必要になるわけで、これは考えてみると矛盾した話でもあります。
転倒リスクがある方には、付き添いや見守りが欠かせません。それでも、見られたくないし、音も聞かれたくないし、排泄物をチェックされるのも嫌だ、という気持ちは当然あります。だから「いなくていいから」と言ってくる方は、少なくありません。その気持ち、痛いほど分かります。介助する側としても、できることなら尊厳を守ってそっとしておきたい。でも、チェックしないと、排便がないまま下剤を使うことになったりする。板挟みなんですよね。
余談ですが、こんな仕組みがあったらいいなと妄想することがあります。排泄量や状態をAIが自動で判定してくれる、介護施設専用のトイレです。人がつきっきりでチェックしなくても、排泄物の状態が分かる。実現すれば、理想と現実のギャップを埋める一つの手段になるかもしれません。あくまで、そうなったらいいなという願望の話ですが。
食事介助:「ゆっくり」が正解とは限らない
食事介助の理想といえば「一人ひとりのペースに合わせて、ゆっくり」というイメージがあると思います。基本的には、その通りです。ただ、ゆっくりすぎても、実はご本人の負担になることがあります。かといって早食いも良くない。詰め込みすぎず、飲み込み(嚥下)が確認できたら次へ、というのが実際の感覚に近いです。
ご自身で食べられるけれど、急いでかき込みすぎて詰まらせそうになる方には、あえてゆっくり介助することもあります。この場合はペースを一定に保てばいいので、むしろ介助としては楽な部類です。
一番気を使うのは、嚥下の力が落ちている方です。とはいえ、1時間もかけて食事介助を続けるわけにもいかないので、時間内でどれだけ食べていただけるか、という現実的な調整にはなります。理想は相手のペースに寄り添うことですが、好き嫌いもあれば、全部食べきれない方もいる。無理に全量を食べさせようとして、体調を崩してしまっては本末転倒です。
意思疎通ができる方なら、様子や反応を見ながらペースを調整できます。でも、認知症が進んでいて嚥下機能も弱い方の場合、正直なところ、相手のペースを反応から読み取るのが難しいことがあります。そうなると、時間で区切るくらいしか、できることがない場面もある。
これは職員によって考え方が分かれる部分でもあります。ゆっくり介助してもらうほうが安心という人もいれば、他にも待っている方がいるから早めにしてほしいという人もいる。私はどちらかというとゆっくり派ですが、状況によりけりです。正直、食事介助にずっと入っていると、周りから「いつまでやってるんだろう」と思われていないか、不安になることもあります。
未経験者がキツいと感じるポイント
三大介助の中で、未経験の人が最初につまずきやすい部分を挙げておきます。
食事介助では、嚥下の力が弱い方の対応です。これはベテランでもしんどいと感じることがあります。詰まらせてしまわないかという恐怖と、早く終わらせないと周りに何か言われるんじゃないかという焦り。目の動き、口の動き、反応がないと意識の確認すら難しい。無理をしないのが一番ですが、本人の意思が確認しづらいと、それ自体が難しいことでもあります。
排泄介助では、便汚染です。慣れないうちは何をどうしていいか分からず、頭が真っ白になります。こういう時は一人で抱え込まず、応援を呼んで協力してもらうのが一番です。
入浴介助では、麻痺のある方の着脱です。無理に着脱しようとすると、腕や肩を傷つけたり痛めたりすることがあるので、しっかり確認しながら進める必要があります。あと、便や血液には特に注意が必要で、感染症対策の基本を体に染み込ませておくことが大事です。
理想通りにいかない時、どう折り合いをつけるか
仕事である以上、結局は就業時間内に終わらせなければいけません。終わらないと、遅い、段取りが悪い、と言われることもある。うまくいかない日は、正直あります。
でも、これは介護に限った話じゃないと思うんです。人生、そういう日もある。「今日はそんな日だったな」と思うくらいしか、できることはありません。ただ、次に活かせる部分——誘導の順番とか、段取りとか——があれば、そこは次につなげるようにしています。完璧を目指しすぎないことも、長く続けるコツだと思います。
それでも、三大介助にやりがいを感じる理由
三大介助の中でも、特に生きることに直結しているのが食事と排泄です。身も蓋もない言い方をすれば、上から食べれば、下から出る。人間とは、そういう仕組みでできています。食べることと出すこと、この二つは生活する上で絶対に欠かせません。
入浴は、生きることに必須というわけではありませんが、衛生面から見れば欠かせないものです。
さまざまな理由で、自分の力だけでは生きる活動が難しくなった方々。それも、大変な時代を懸命に生き抜いてきた方々です。その方たちの「生きる」を、手助けする。それが介護という仕事の役割の一つだと思っています。
私たちが当たり前のようにやっていること——食べること、出すこと、清潔を保つこと——を、当たり前にできない方を支える。生きる活動を支えて、「ここに来てよかった」と思ってもらえるような介助ができた時。そこに、この仕事のやりがいがあると思っています。

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